病院を歩いている
院内はある程度は静か
患者を呼ぶ声が聞こえるけどそれは名前じゃなくて番号の数字
個人情報には敏感な病院
フロア内には赤い絨毯が敷かれている
踏む感覚に柔らかさはなくて薄いものなのがわかる
相変わらずいつも人が多くてどこからともなく微かにオルゴールの音楽が聞こえる
例によって人畜無害な無色透明なメロディー
病院だからタメ息をついてもいいだろうと思う
よく考えたら意味の通らない論理
タメ息は病気ではない
ポケットに手を入れて伏し目がちに歩いていると目線の先に100円玉が落ちていた
これはと思って拾おうかどうか迷う
これだけ周りに人がいれば拾いにくい
年寄りばかりの空間
何故だか侘しい気持ちになってくる
それでも構わず拾うことに決める
俺が拾わなくても誰かが拾うだろう
たった100円のこと
できるだけ周りにさとられないようにしたい
スピードを落として足音をひそめるようにして歩く
気持ちを落ち着かせて歩幅を合わせる
止まらずに流れの中でかがみながら腕を伸ばして指先で掴む
ここで一気に周りの視線が気になる
体が少しこわばっているような緊張感がある
構わない俺は俺だ
素早く自然に体勢を戻す
それで何事もなかったように前に歩き出す
後ろは決して振り返らない
角を曲がって直線の視界から消える
しばらくは歩き続ける
これはまさに案ずるより産むが易しという感じだった
ドキドキするようなことじゃない
たかが100円玉一つだ
そこで一つの達成感を得た俺は一気に醒めた気持ちになる
結局これを捨てることに決めて指の上で100円玉を弾いて飛ばして天井に張り付いている忍者にくれてやった